自分では見えない背中脱毛

自分のことは自分がよくわかってる、なんて思いがちだけれど、実は自分自身には見えていない自分の姿というのがあるわけで、それは何かといえば、まずは他人から見えている自分の姿というのは、決して自分自身ではわかることはできないものである。
自分が「こうだ」と考えている形なんていうのは、他人の目線を通してみると全然違ったものとして見えるということもあるからだ。
あともう一つは、自分自身の目で見ることのできない自分の一部分である。
これは概念的なものではなく、例えば自分の後ろ半身を自分の肉眼で見るということはできない。
背中なんていうのはその代表格で、どう頑張ろうと自分自身の目で見ることはできないものだ。
私は友人に背中に生えている毛を指摘され、ショックを受けて、背中脱毛に行かないとダメかと本当に足を運んだほどである。
こうして考えてみると、自分自身の性格だって、自分のことだからよくわかっているように思うけれど、本当は自分の思っている「自分はこんな性格だ」という想像と、他人からの「あいつはこういう性格だ」というものは、全く違うものなのかもしれない。